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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12100号 判決

原告

林朝清

被告

山田栄一

被告

山崎六哉

右被告両名訴訟代理人

石川正明

三宅雄一郎

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

「被告らはシチズン時計株式会社に対し、連帯して、四〇四万円及びうち一八〇万円に対する昭和五四年七月六日以降、うち二二四万円に対する同月二七日以降各完済に至るまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

(被告ら)

主文同旨の判決

第二当事者双方の主張

(原告主張の請求原因)

一原告は六月前から引続き前掲シチズン時計株式会社(以下、訴外会社というのはこれを指す。)の株式を所有する株主であり、被告らはいずれも昭和五四年当時から同年七月二七日に至るまでの間訴外会社の代表取締役の地位にあつたものである。

二訴外会社は、昭和五四年七月六日、役員賞与金として四、五〇〇万円を支払い、また、同月二七日、退職慰労金として、渡辺祐次に四、〇〇〇万円、野原正作に一、六〇〇万円、合計五、六〇〇万円を支払つた。

三訴外会社が右役員賞与金及び退職慰労金を支払つた経緯は、次のとおりである。

(一) 被告山田は、訴外会社の昭和五四年五月二四日開催の取締役会において、同会社の第九四期定時株主総会に、同期の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び役員賞与金四、五〇〇万円を計上した利益金処分案の承認を得る件及び退職取締役に対する退職慰労金を贈呈する件を提出することを諮り、右退職慰労金贈呈の件について、第九四期定時株主総会終結時をもつて任期満了により退職する取締役渡辺祐次及び同野原正作の両名に対し在任中の功労に報いるため従来の慣例に従つて相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈したい旨を説明し、右二つの案件を定時株主総会の提出議案とすることにつき、同取締役会の承認を得たが、その際、被告山崎は、他の出席取締役と共にこれに賛成した。

(二) そこで、訴外会社の同年六月二八日開催の第九四期定時株主総会において、第一号議案として、第九四期の営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び役員賞与金四、五〇〇万円を計上した利益金処分案承認の件が提出され、監査役の監査報告がなされたのち、被告山田がその承認を求めたところ、異議なく承認され、また、第四号議案として、退職取締役に対する退職慰労金贈呈の件が提出され、被告山田から同定時株主総会終結時をもつて任期満了により退任する取締役渡辺祐次及び同野原正作の両名に対し在任中の功労に報いるため従来の慣例に従つて相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈したい旨提案説明がなされたところ、出席株主から、その金額、時期、方法等は従来の慣例に従い妥当な範囲内でその決定を取締役会に一任されたい旨の動議があり、その旨可決された。なお、被告山崎は、右定時株主総会においても、代表取締役として出席していた。

(三) そして、右役員賞与金については、同年七月六日、訴外会社から四、五〇〇万円が支払われ、また、右退職慰労金については、同月二六日開催の訴外会社の取締役会において、被告山田から、退職取締役の在任年数、担当業務、功績並びに従来の慣例等についての説明がなされ、協議の結果、退職取締役渡辺祐次に四、〇〇〇万円、同野原正作に対し一、六〇〇万円を贈呈することが決議され、翌二七日、被告会社から右金員合計五、六〇〇万円が同人らに支払われた。なお、被告山崎は右取締役会においても出席し、右決議に賛成した。〈以下、事実省略〉

理由

一原告主張の請求原因一、二及び三の(一)ないし(三)の各事実は当事者間に争いがない。

二原告は、(一)本件役員賞与金は商法二六九条により株主総会の決議をもつて定める事項であるから、株主総会の招集通知に会議の目的たる事項としてその旨を記載し、かつ、議案の要領としてその金額を明示したうえ、株主総会の決議によつて定められなければならないのに、本件役員賞与金については、株主総会の招集通知に全く記載がなく、株主総会の決議によつて定められたのではないから、その支出は違法であり、また、(二)本件退職慰労金については、株主総会の招集通知にその金額若しくは金額算定についての従来の慣行の内容を明示しなければならないのに、その点の明示を欠いていた違法があるから、その支出も違法である旨主張しているので、以下この点につき順次判断する。

(一)  役員賞与金の支出について

判旨当事者間に争いのない事実と〈証拠〉によれば、本件役員賞与金は、訴外会社に配当可能利益があり、その利益をあげた取締役の功労に報いるものとして、その利益の一部を与えるもので、利益金処分の実体を有する賞与であり、会社の配当可能利益の有無とか利益をあげた功労の有無とかにかかわらず支払われるものとは異るものであることが認められるから、本件役員賞与金の支出は、その性質上、決算期の定時株主総会における利益金の処分として承認されることによつてのみすることができるものであり、それ以上に、商法二六九条による株主総会の決議を要するものではない。したがつて、この点に関する原告の主張は前提において理由がなく採用できない。

判旨(二) 退職慰労金の支出について

本件退職慰労金が商法二六九条の規制の対象となる取締役の報酬にあたること、訴外会社の定款に取締役の報酬の額についての定めがないこと、本件退職慰労金については株主総会招集通知の会議の目的事項の第四号議案として、「退職取締役に退職慰労金贈呈の件」と、また、議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類において、「本総会終結のときをもつて任期満了により退任される取締役渡辺祐次、野原正作の両氏に対し、在任中の功労に報いるため、従来の慣例に従つて相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈いたしたいと存じます。」と記載されているが、退職慰労金の額、従来の慣行の内容についての記載がないことは当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉によれば、訴外会社では昭和三〇年代より前から退職役員に対する退職慰労金について不文ではあるが、慣行化され、確立した支給算出基準があり、従前の退職役員に対する退職慰労金もその基準をもつて算出して来たこと、訴外会社は右基準の内容について株主から説明を求められたときはそれを説明しており、株主はいつでもその内容を容易に知り得る状況にあつたことが認められるので、そのような場合には、株主総会の招集通知の記載としては、その基準の存在を知りうる程度の記載があれば十分であり、さらにその基準の内容まで記載する必要はなく、その記載がないからといつて、株主の保護に欠けるということはできない。したがつて、この点についての原告の主張もまた採用できない。〈以下、省略〉

(海保寛)

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